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あの有名人も頭痛に悩んでいた
┃モーツァルト┃樋口一葉フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
パブロ・ピカソルイス・キャロルフィンセント・ファン・ゴッホチャールズ・ダーウィン曹操

モーツァルト
(1)モーツァルト 頭痛の中から傑作が生まれた!?

作品は不評、経済的にも破綻
生誕250年、今も多くの人を魅了するモーツァルト(1756〜1791)の音楽。彼は発育不全で小柄だったと伝えられていますが、腸チフスや天然痘にかかりながら、人生の3分の1を旅先で過ごしたぐらいですから、決して病弱ではありませんでした。
ところが、死の1年前ごろから、頭痛や歯痛に悩まされ始めたといいます。旺盛な作曲活動を続けるものの、評価はかんばしくなく人気は落ちるばかり。皇帝や大司教の後ろ盾を失い、病弱な妻の療養費の工面などもあり、一流音楽家の暮らしは困窮の一途にありました。精神的にもかなり参っていたようです。


頭全体がすっかり縛られたよう
そんな状態をモーツァルトは、フリーメーソンの同士に宛てた手紙の中で、借金の無心をしながら何度となく訴えています。

ヴィーン、一七九○年四月八日ないしはそれ以前
私自身お目にかかり、じかにお話したいのですが、頭全体がリューマチ性の痛みですっかり縛られたようです。そのための私の苦境もいっそう身にしみて感じられます。――もう一度、差し迫っていま、できましたらお助けください。
ヴィーン、一七九○年五月初め
とても残念ですが、じかにお話するために外出できません。なにせ歯の痛みと頭痛がいまだにひどく、特にまだ強い病変を感じます。(中略)いまはあなたに率直に打ち明けました。どうぞあなたに出来るだけのことで結構です。あなたの真の友情の気持ちが許すかぎりのことを尽くしてくださるよう、心からお願いいたします。

『モーツアルト書簡全集6』(海老沢 敏訳.白水社刊)より抜粋


頭痛におそわれながら書いた《レクイエム》
それでもモーツァルトは1791年1月、最後のピアノ協奏曲《ピアノ協奏曲変ロ長調K.595》を完成させました。7月にはナゾの使者から依頼を受け、激しい頭痛や吐き気にさいなまれながら《レクイエム》の作曲を続けたといいます。そして死の直前4時間前まで譜面に向かいながら、遂に12月5日未明帰らぬ人ととなりました。
レクイエムは、未完に終わりましたが、弟子によって完成され、天上の響きともいえる美しい旋律で知られています。
美しく天真爛漫な輝きがある一方、「走る悲しみ」と評されたような深い憂いが潜む後年の名曲の数々。その背景に、天才モーツァルトの心とからだの変調があったと思いながら聴いてみるのも一興でしょう。


┃モーツァルト┃樋口一葉フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
パブロ・ピカソルイス・キャロルフィンセント・ファン・ゴッホチャールズ・ダーウィン曹操

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