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あの有名人も頭痛に悩んでいた
モーツァルト┃樋口一葉┃フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
パブロ・ピカソルイス・キャロルフィンセント・ファン・ゴッホチャールズ・ダーウィン曹操

樋口一葉
(2)樋口一葉 貧しさと頭痛で短い生涯を終えた樋口一葉

名作『たけくらべ』の作者というより、今は五千円紙幣でおなじみの樋口一葉(1872〜1896)。明治の傑出した女流作家も、頭痛に悩んだ女性の一人でした。井上ひさしさんの芝居『頭痛肩こり樋口一葉』でもおなじみです

『たけくらべ』の美登利が頭痛の訴え
生理のメカニズムにより頭痛を起こす女性が少なくありませんが、一葉も頭痛の始まりは初潮だったようです。そんなシーンが、東京の下町を舞台に微妙に揺れ動く少女の心理を情感豊かに描いた出世作『たけくらべ』で描かれています。

帰っておくれ正太さん、後生だから帰ってお呉(く)れ、お前が居ると私は死んで仕舞ふであろう、物を言はれると頭痛がする、口を利くと目がまわる……」。

一葉の思春期が投影された主人公の美登利は、遊郭吉原のおいらんの妹です。そろそろ自分も遊女として店に出される14歳のときのひとコマです。


頭痛、肩こりが起きるのも不思議でない暮らし
士族の娘として何不自由なく育った一葉でしたが、家運が悪化、泣く泣く小学校を中退して、家事、裁縫を手伝う毎日。小石川の歌塾「萩の舎」へ通うのが唯一の楽しみでしたが、17歳のとき長兄に続き父も亡くなって家督を継ぐことに。父の借財のため、母と妹との3人で針仕事や洗い張りなどの内職に追われる毎日でした。
ところが一葉は、強度の近眼で針仕事は不得手。夜遅くまで針仕事をした翌朝はお灸をして図書館へ行き、食い入るように読書……。頭痛、肩こりも無理からぬ生活でした。当時のイケメン新聞小説作家・半井桃水(なからいとうすい)にかなわぬ恋をしたのも、頭痛を呼び起こす原因の一つかもしれませんが、「頭(かしら)いといたくてせんかたもなく苦し」(現代語訳すると「頭がすごく痛くって、どうしようもないぐらい苦しいの!」ということでしょうか。)などと、頭痛の悩みを日記に記しています。


貧しさの中で次々と名作を発表
自分ができることは小説を書くこと。その収入で貧乏から脱出したいと、明治26年、21歳で『文学界』にデビュー。しかし原稿料はわずかのため、荒物雑貨、駄菓子屋を開いたものの、家賃や利子の支払いに追われ、明日のお米もないという状況でした。
頭痛にもたびたび見舞われ、友人が訪ねると「痛くてたまらないから」と、鉢巻を巻いて筆をとっていたり、「ひどく肩が凝ってこれで厳しく打っても感じないほどです」と文鎮で肩をたたいていたりしたようで、まさに満身創痍。
そんななかで『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』など、次々と名作を発表しますが、一葉の小説や日記が陽の目を見るのはずっと後のことです。こんなムリと貧しい食事による栄養失調がたたったのか、明治29年11月、肺結核のため24歳の短い生涯を終えました。
ところで、今のように頭痛によく効く薬があったら、一葉はどんな小説を書いていたでしょうか。案外がらりと変わった作風になっていたかもしれませんね。

モーツァルト┃樋口一葉┃フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
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