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あの有名人も頭痛に悩んでいた
モーツァルト樋口一葉フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー┃芥川龍之介┃
パブロ・ピカソルイス・キャロルフィンセント・ファン・ゴッホチャールズ・ダーウィン曹操

芥川龍之介
(8)芥川龍之介 頭痛の前兆現象に悩んでいた晩年

若くして文学の才能を発揮
芥川龍之介は『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』など数々の優れた短編小説を発表した日本を代表する作家のひとりです。 文芸界でも有名な「芥川賞」は芥川龍之介の業績を記念して、友人であった菊池寛が1935年に「直木賞」とともに創設をした純文学の新人に贈られる文学賞です。
1915年、東京帝国大学文学部英文学科在学中に代表作のひとつとなる『羅生門』を「帝国文学」に発表。友人の紹介で夏目漱石門下に入り、1916年には『鼻』を発表し、漱石から絶賛される手紙をもらいます。
大学卒業後、海軍機関学校の嘱託教官となり英語を教え、その後は大阪毎日新聞社に入社、作家として創作に専念します。しかし神経衰弱、腸カタル、胃潰瘍などを病み、晩年は、「閃輝暗点」(せんきあんてん)と呼ばれる片頭痛のときに現われる前兆現象の視覚障害が起こり、症状が治まった後引き続いて始まる片頭痛に悩んでいました。
「閃輝暗点」は突然、視野の真中あたりにまるで太陽を直接目にした後の残像のような黒いキラキラした点が現れ、視界の一部がゆらゆら動きだし、物がゆがんで見えたり、目の前が真っ暗になったり、見えづらくなり、その後、みるみるうちに点は拡大し、ドーナツ状にキラキラと光るギザギザしたガラス片や、ノコギリのふちのようなもの、あるいはジグザグ光線のようなものが稲妻のようにチカチカしながら30分ぐらいかけて光の波が四方に広がり、無数の光輝く歯車のような点が集まり回転しているような現象が見える症状です。


小説で「閃輝暗点」を克明に表現
彼は遺稿の短編小説『歯車』の中で「閃輝暗点」の状況を詳しく書き記しています。

「僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?——と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖(ふ)やし、半ば僕の視野を塞(ふさ)いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失(う)せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、——それはいつも同じことだつた。」

芥川龍之介は、作品でこの歯車の「閃輝暗点」が幻覚だと思い、彼の母と同じように自分が発狂してしまったのではないかという不安の中でも客観的に「閃輝暗点」を表現していました。

1927年7月24日彼が35歳の時、「ただぼんやりした不安」という理由の遺書を残し、服毒自殺をして生命を絶ちます。彼の命日は小説『河童』から取って「河童忌」と呼ばれています。
芥川龍之介がこの幻覚で眼科に診察に行った時、医者は節煙を命じていました。しかし担当医も芥川龍之介に「閃輝暗点」の症状を詳しくきちんと伝えていれば、少しは不安も解消ができて自殺をせずに新しい作品を執筆していたのかもしれません。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『青空文庫』芥川龍之介『歯車』

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