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あの有名人も頭痛に悩んでいた
モーツァルト樋口一葉フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
┃パブロ・ピカソ┃ルイス・キャロルフィンセント・ファン・ゴッホチャールズ・ダーウィン曹操

パブロ・ピカソ
(9)パブロ・ピカソ 革命的な画法は頭痛から!?

「20世紀を代表する芸術家」で「最も多作な画家」だったピカソ
その独特の描写が印象的で「20世紀を代表する芸術家」に必ず名前が挙がるパブロ・ピカソ。

彼は生涯におよそ1万3千500点の絵画、10万点の版画、3万4千点の挿絵、300点の彫刻を制作し、ギネス・ワールド・レコーズ(ギネスブック)に「最も多作な画家」として掲載されています。聖人や縁者の名前を並べられて名付けられた彼の長い名前は有名で洗礼名は「パブロ、ディエーゴ、ホセー、フランシスコ・デ・パウラ、ホアン・ネポムセーノ、マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」と言います。
画家として活動を始めたピカソは、はじめは父方の名字「ルイス」と母方の名字「ピカソ」を合わせた「パブロ・ルイス・ピカソ」と名乗っていましたが、ある時期故郷のスペインではありふれた父方の名字を省き、珍しかった母方の名字を残し、「パブロ・ピカソ」と名乗るようになりました。
1881年スペイン・アンダルシア地方に生まれたピカソは美術教師をしていた父の影響で小さい頃からその絵画の才能を発揮し、マドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学して宮廷画家を目指し絵画を学びますが、無意味さ感じて中退。その後、パリに住み個展を開きます。
この頃、彼の作品は青く暗い色調で人物を描いていたので「青の時代」と呼ばれています。ピカソは時代によって描くタッチが変わる作家としても有名で作品ごとに「○○の時代」と呼ばれており、その後は明るい色調の作品を描いた「バラ色の時代」、アフリカの彫刻に影響を受け、後に彼の代表的な手法「キュビスム」の発端となった絵画『アヴィニョンの娘たち』を発表し「アフリカ彫刻の時代」、「キュビスムの時代」と変化していきます。


ピカソの絵と頭痛患者の描いた絵は同じ?
キュビスムとは、ピカソと友人の画家ジョルジュ・ブラックと共に創った画法で、それ以前の絵画の主流画法とされてきた一箇所の視点から描くものではなく、 いろいろな角度から見た視点を1枚の絵の中に描き、立体的なものを平面的に表現したものを言います。彼の有名な作品「泣く女」や戦争の悲惨さを表現した「ゲルニカ」はまさにキュビスムを代表する作品です。

オランダ・ライデン大学のミケル・フェラーリ教授の学説によると、ピカソは片頭痛による視覚障害で、目や鼻、口が左右非対称の人物が登場する「泣く女」や「ゲルニカ」のようなタッチの作品を描くようになったのではないかと言われています。
教授は、神経科医や美術史家に、あまり知られていないピカソ作品と片頭痛で悩む患者が描いた絵のスライドを見せて、どちらがピカソが描いた絵かを当ててもらいましたが、どちらも似たタッチの絵でかなり選択に混乱があったと言われています。
ピカソ本人が片頭痛を患っていたという文章や記録は残っていませんが、フェラーリ教授によれば「視覚異常が起きる極めて特殊な片頭痛だったので見過ごされたのかもしれない」という見解をしています。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、『頭痛大学』

モーツァルト樋口一葉フロイト石川啄木後白河法皇バルザックバーナード・ショー芥川龍之介
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